セレモニー

死んだふりをしながら生きている30歳のブログ

ノンセクシャルになるまで

4年前の日記が下書きに保存されていたので公開してみます。30歳の今もこのときから何も変わっていないという…やっぱり私は私なんだと少し安心もしました。

私はノンセクシャルです。性嫌悪気味でもあります。

以前は普通に異性とセックスできていました。むしろ積極的とも言える方でした。

「あまりセックスしたくない」と言う同年代の女の子の話を聞きながら、信じられない、かわいそう。とまで思っていました。

なぜノンセクシャルになったか考えると、いくつか理由が浮かびます。

ひとつは持病。

子宮内膜症があり、性交痛があるためセックス=痛いものと脳に刷り込まれています。

もうひとつは今まで関係を持った男たち。

今思えばいかにして性欲を満たすか、しか考えていない人たちでした。その度に傷つき、途中から慣れ、「またか」と思えるまでに成長できました。気付かせてくれてありがとう。あなたたちに出会えていなかったら、私はもしかしたら結婚…なんてことをしていたかもしれません。

最後に自尊心の低さ。

誰かが私のことを好きだと言ったり、私の体に対して欲情されたりすると、「なんでこんな私を求めるんだ。やめてくれ」と拒否反応を起こしてしまう。そんなとき、自分たちの姿がふと何かに写ったりしていたら死にそうになる。それが原因で関係を絶ったことが何度かあります。自意識過剰でもあると思います。

20代前半の、まだ性交痛のないときはいわゆる暇つぶしで適当に関係を持ったりもしていました。それくらいしか自分を満たしてくれる面白いことはないと思っていました。

もちろんまともな恋愛ではありませんので、その分自分に返ってきて何度も悲しい思いをしました。しかし、悲しい思いをする一方、そうすることで「やっぱり自分はこの程度の人間だ。いい思いをしようとしちゃだめなんだ」と、自分の位置を確かめているような部分もありました。今思うと一種の自傷行為だったと思います。

そんな中でも、何名かの変わった人たちは本気で私と結婚したいと言ってくれたり、別れ話のときに涙を流したりもしてくれました。しかしなぜか、そうされるほうが、ひどい扱いを受けることより断然腹立たしくて仕方がありませんでした。

そして、26歳の今は全くセックスできません。

何度かできるかどうか試そうとしたのですが、肌と肌とが触れた瞬間、言いようのない嫌悪感が背中からぞわっと湧き上がり、思わず目をぎゅっと閉じてしまいます。息をとめると少し楽になります。良かれと思って頭や体を撫でてくれるのですが、なんと言いますか、動物園のふれあいコーナーにいるモルモットはこんな気持ちなのかと分かります。早くベッドから出て服を着て家に帰ってシャワーを浴びて着ていた服を洗濯して布団に潜りながらTwitterでいつものメンバーのつぶやきを眺めていたい。そんな感じになります。

目の前の男がなんでそこまでしてペニスを膣に突っ込みたいのか分からないくらい、頑張って膣をほぐそうとします。中に金でも隠されているのかと思うくらい必死に。私はほぐされながら目を閉じ、婦人科の内診を思い浮かべます。そして、今までは私もこの男と同じように性欲に狂わされていたのかと思うと本当にこわいと思う。

今ではセックスできなくなってよかったと思います。

そんな経緯で、今は性欲も消え失せ、残ったのは睡眠欲と食欲でした。

特に食欲がすごく、仕事のない日は常になにかを口にしないと気が済まない。腹いっぱいなのに、もっと突っ込みたい。突っ込むために自炊も怠りません。手の込んだ料理もしますし、外食も行きます。食べることが今の私にとっての自分を満たすかけがえのない行為になりました。1回1回の食事が本当に楽しみで、寝る前は朝食のこと、朝は昼食のこと、昼は夜ご飯のことを考えていれば1日があっという間に終わりますよ。それに、食べ物は裏切りません。お金をかけたぶん美味しいものがいただけるし、自分で作るときは手間をかけたぶん美味しいものが出来上がります。食事はいい。

明日は気の合う女ともだちとランチに行きます。この幸せに気付けてよかった。私にはもう男はいりません。

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